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Diary

〈読んだ本〉ピンフォールドの試練 (イーヴリン ウォー著/白水Uブックス)

小説家として成熟した立場にある50歳の
ピンフォールドは、療養と書きかけの小説にとりかかるために
妻子と離れひとりセイロンへ旅立ちます。
セイロンへの船旅はピンフォールドにとってすばらしい時間になるはずが、
姿の見えない若い女からの熱烈な誘惑や、
どこにいても聞こえてくる彼への激しい中傷、さらには襲撃の危機に
晒されるなどたいそう不愉快な道中を送ることに。
世に広く名の知れた作家であり、カトリックの教えを重んじる
ピンフォールドはそれらの苦悶を紳士的に回避しようと試みるものの、
この不快な出来事は収拾せぬまま船は海路をすすんでゆきます。

さて、このピンフォールドが悩まされている数々の不快な出来事は、
彼が感じている“幻聴”ゆえ。
しかし本人はそのことについて何も疑うことはなく、こんな出来事が続くと
気が違ってしまうのではないか〈気が違うのはいやだ、それだけはいやだ〉と
思い悩んでいるほどです。
そんな彼が若い女の誘惑に備えて部屋や身なりを整えたり、
神への言い訳を懸命に考えたり、自分の身にこれから起こる出来事を
神話化しようとしたりする落ち着きのない姿は、
気が違っていてもいなくても満点の滑稽さがあります。
女の誘惑を不快に感じながらも万全な用意でその時を待つ中年男。

この物語は1970年代後半に翻訳されたもので文体が少々“角張って”いますが、
物語を楽しむならばそんなことで怯んではいけません。
次々と襲いかかる不思議な出来事に対峙する英国紳士と、
この背筋が伸びるような翻訳文体とが化学反応を起こして
中年男の滑稽な様子をさらに滑稽に描き出しています。

ピンフォールドの試練